第165話「王貞ハール、欠番1.89」の巻

 前回のあらすぢ
 三十路高校生・柾木大造は、もうボロボロだった。外見も相当アレだが、同じくらい内面がボロッボロなのだ。彼と同級生にして現役作家でもある男子出席番号12・金沢伸明の著書「王様ゲーム」は、昭和の男たる大造を内から痛め付けた。作者と同名の主人公「伸明」が八面六臂の大活躍を魅せる(だけの)夢物語は、もはや「ノブアキヅム宣言」とも取れよう。伸明かましてよかですか? 最初には主役だと聞かされた女子出席番号66・鈴木愛理、ならびに同90・熊井友理奈のふたりとて、その他大勢に過ぎない。まして神の視点であるべきナレーションさえもが「ぉれは、」といー出したのを目の当たりにし、ついにクヅおれた大造へ、粉末の頭痛薬とコップを俺は差し出した。


 


 「あぁ……ありがと」
 そう云って薬をクチにし、コップをクチビルに当てた瞬間、大造は盛大に粉を噴いた。ドリフの爆発コントの様に。
 「何だい! お水が入ってないがねキミィ!」
 「『コップを差し出し』はしたが、『水の入った』それとは限らない。よくある言葉のトリックではないか。それはさておき、俺は大造へ問いただしたい。自分の身を危険にさらしてまで、本を読む必要があるのか?と」
 ゲフゲフとむせ返しながら、大造は言葉を探している。
 「ゲフッ! ぼくにとってこれは『本を読む』ってゆーか、大槻ケンヂさんが一時期よくおっしゃってた『キャンプ』だいね。映画の世界で云えば『ゴールデン・ラズベリー賞』的な? 愚にも付かないモノを進んで面白がるってゆーか」
 「面白がって体を壊しては元も子もあるまいに」
 「無理ぐり面白がるしか無いっつーの。だってすんごいぞ、これ。例えばさ……」
 俺は大造を制した。イチから云われるまでもなく、ここまでの内容は全て把握している。大造は読書をするに際し、決まって声に出して読む。だから嫌でも耳に入って来るのだ。
 独りではナニもデキない大造が不憫で、俺は常々彼と行動を共にしている。さすがに学校へまでは付いて行かれないが、アルバイツ先も彼と同じ職場を選んだ俺は、休憩時間に「王様ゲーム」をやはり音読していた大造が、同僚から氷の視線を一身に浴びせられたのも見ていた。遠くから。仲間だと思われると困るから。
 「でもご覧よキミ。最初はキレイだった本も、ぼく的ツッコミ所にイチイチ付箋さ貼ってったら、読んでくに従ってこの有様だい」


 


 付箋のストックを確かめ、大造は改めて読書を始めた。声に出して。本を両手で開いて。正座で。
 果たしてストーリーは進展し、クラスの男子全員で1名につき1から3まで数えて行き、100に当たった者へ罰を科す、との新たな命令を“王様”は下す。


 


 その場面では、甲「1、2、3」、乙「4、5、6」、丙「7、8、9」と、この調子でご丁寧に100まで数え上げてくれるのだ。「こと読みモノにおいて、字数や行数をアゲゾコするには、点呼のシーンを差しはさむのがモア・ベターだ」と、今は亡き「こち亀」で読んだと大造は記憶している。しかし、マンガはおろか絵本を読んだ経験があるかどうかも疑わしい作者である。この小ざかしい技(テク)を誰に教わったの?と、MEN'S 5ならづとも首をかしげづにはいられまい。
 長い長い描写の果てにようやっと終わりが見えて来て、ある男子が98に当たる。彼がもうひとつ数えて99で上がれば、100を引くのは伸明だ。彼の恋人役である友理奈は、伸明を100から回避させたければ「ここで、ふくを、ぬげっ!。」といー渡される。主人公の恋人とあれば、物語のヒロインも同然である。そんな立場の彼女が、サカリの付いた野郎共のド真ん中でおヌードを強要される等、そんな辱めがあろうモノか! 友理奈は当然こう返す。
 「どこまで、ぬげば、ぃ〜の?。」


 


 この画像は、正座で読書をしながらヅッコケる、とゆークールなプレイをしでかした大造を激写した1枚だ。
 やはり「王様ゲーム」は伸明ごのみのワールド・オブ・ワールヅである。作者・伸明はこれまで主人公・伸明以外の人物を動かす素ぶりも無かったが、主人公を救う為とあらば話は違う。乙女にとって最大級の恥辱をもいとわないのだ、作者は。云われるがままムキ身になって行く、感情を持たされない哀れなヒロイン。あゝ友理奈さんはいーなり人形。なお大造は音読を続けていたが、上のセリフは「Berryz工房 vs Berryz工房」での仙石みなみの口調で読み上げた。「ドコマデ、ヌゲバ、イーノ? ピリリ」と。
 また他の場面で「男子イク番が性交をする」との命令が下された時の事。その場に居合わせたのはイク番と、伸明と、そして友理奈だけだった。強力無比なる伸明パンチ1発でKOせしめられたイク番を、伸明のお達しによって友理奈が逆レイプするのだ。創造の神たる伸明のお言葉とあれば、アラホラサッサー!ってなモノである。失神状態の男子のナニをアレせねばならない状況下、伸明ぢこみの超絶テクニックがここで火を噴く。その所要時間わづかに1分であった。あゝ熊井友理奈、出会って1分ソク合体。


 


 しかし、かの命令には必ずしも「女子と」とは記されていなかった訳で、この局面でこそ伸明が動いたら面白かったと思うのは俺だけだろうか。
 それにつけても、大造は万年発情期である。風に吹かれただけでナニがアレする彼の、本来のタイプである「長身の美人」を地で行き倒す友理奈にまつわる性的描写があったのだ。さぞや大造は血マ○コになっているかと思いきや、あにはからんや死んだ魚の様な目を、安田大サーカスの団長の様な目をしているとは。どうしたとゆーのだ?
 「……ぼくはよ、ご本を読むんに際して、脳内で配役するんが好きなん。半年くらい前か、梶尾真治センセの『あねのねちゃん』を拝読してた時は、主人公のOLをうちのクラスの女子出席番号48・菅谷梨沙子ちゃんにしただい。したっきゃナニをヤッても報われないヒロインの悲劇と3月の肌サブさが相まって、それはそれはハマッただけど……」
 嫌なノリを示し始めた彼を、俺は一度とどめた。話題がそれそうでもあったが、彼のクチぶりに合点の行かない点があったからだ。OLをクラスメイツが演じるのか? 大造が三十路高校生である様に、かの梨沙子とゆー女子も三十路JKなのか?
 「違うん違うん。りーちゃんはふつーに17だけど、すんごくオトナっぽいん。年齢ほとんど倍の33のぼくから見ても」
 先の「三十路JK」発言に対し、そう見える時もあるけど、と云った返答をグッと呑み込む音が俺には聞こえた。大造もオトナになったモノだ。しかし疑問は尽きない。
 「あいや待たれい。大造は確か鈴木愛理熊井友理奈の両名を目当てに、その本を手に入れたはづだ。彼女達の他にも、よもやその梨沙子にまで大造は気があるのか?」
 アタボウだぢょ!と、彼は頭上に旗を立てるヂェスチャーを見せた。この馬鹿がナニをいーたいのかサッパリ分からないが、俺としては云わねばならぬセリフがある。
 「大造! 大造には……俺とゆー者が居るではないか!?」
 思わず荒い声になってしまった。醜い嫉妬と取られようと、俺は俺の偽らざる本音をクチにしたまでだ。だがしかし、大造は何でもない様なツラで返して来る。
 「彼女達はぼくにとって、まぢアイドルだいね。でもさ、TVや雑誌の中のアイドルなんて、その向こう側のぼく等はリヤルにはナニもデキなかんべ? ナニーはデキても。それと一緒。例えおんなぢクラスだっつったってさ、ぼくなんか相手にしてくれないのなんて分かり切ってるし。30越えてるし。こんなぼくを愛してくれるのは、キミだけだい」
 これは彼が三十路高校生だからに限らず、リヤル・タイムで学生だった時分から異性との交流に消極的、あるいはそれをあきらめていたであろうフシが感じられる。暗い過去を覗いてしまった気がし、少々いたたまれない思いだ。しかし俺の愛を分かっているとも確認デキ、そこだけは救いである。そして彼の言葉は続く。
 「ほいで、お話を戻すと『あねのねちゃん』のりーちゃんはヅッぱまって、すんごく立ち回ってくれたん、ぼくの脳内で。ところがこの『王様ゲーム』はよ、こっちは愛理、あっちはくまいちょーってハナから頭にある上で、彼女達が動くサマは浮かばないだいね。『動かない』どころか『生きてない』って感じ? 昔のひとは上手いこと云ったいね、『仏作って魂入れず』って。作者の分身ってゆーかそのまんまな主人公を描写するには、そりゃあリキも入るわさ、『ぉれは、』とかいー出す程。でも『ぉれ』以外はってゆーと、魂を入れてもらえづぢまいの仏像がウヂャウヂャ突っ立ってるだけでやんの。30体超の木偶の坊が。中には、壊す=殺す予定で作られたモノも含めてさ」
 大造のゆー脳内配役で、主人公・伸明は誰にしたのか? そもそも同級生だから、作者・伸明の顔は知っているだろう。が、作家とは云え一般の学生を想定しながらの読書も味気あるまい。そう思って問うた所「主人公も、リヤルな姿は想像デキなかったん。せいぜい遊人タッチのボンクラ兄ちゃんぐらいしか浮かばなかったい」との事だった。
 遊人の作品を俺は大して知らないが、知っているモノのひとつは、それはもう狂気の沙汰だった。個性的とはいー兼ねる男子学生を主役に、彼のナニをアレさせる為だけに現れては消えて行く、どいつもこいつも同じ顔の女性キャラクター群。異なるのはプレイ内容のみ。その作品に近いモノを、大造は「王様ゲーム」から嗅ぎ取ったのだろう。
 「てゆーかさ、そりゃエロマンガだで? お世話になったい。でもこりゃどっちかっつーと恋愛シミュレーションゲーム、ぢゃなきゃエロゲーのプレイヤーの名を実名で登録して、それヤッてんのを大々的に公開しちゃってる、みたいな所もある訳よ。何か、くまいちょー以外の女子が急に主人公んとこ来たと思いきや……」
 のぶぁきなら、ぉ〜さまゲ〜ムを、ぉゎらせてくれる、きがしたっ!。
 ぉ〜さまを、みっけよぉとしてぃる、のぶぁきの、ちからに、なりたかったっ!。
 ゎたし、づっと、づっと、まぇから、のぶぁきのこと、すきだったっ!。
 キスしてくれて、ぅれしかったっ!。ゃさしくしてくれて、ぁりがとぉっ!。のぶぁきは、ゎたしの、たぃせっなものっ!。だぃすきだよっ!。のぶぁきっ!。バィバィッ!。
 上のセリフをそれぞれ読み上げた大造の、その口調はいづれ仙石みなみのそれだった。ピリリ。そう云えば俺も引っ掛かっていた一節がある。本来の恋人役である友理奈が云わされた、「のぶぁきのこと、だぃすきっ!。ぉっちょこちょぃで、ぉちょぉしもので、ェッチで、ばかで、スポ〜ッばんのぉで、そして、ゃさしぃ、のぶぁきが、だぃすきっ!。」とのセリフだ。先に大造が挙げたのも含め、全ては作者が独りで生み出している。どのツラ下げてしたためたモノか。同級生の大造はともかく、門外漢の俺は伸明の顔を知らない。伸明を初めて見た女子達が「かっこょくなぃっ!?。」と色めき立つシーンものちにあったからには、自分で見てもそれなり以上の顔をしているのだろう。さもなくばシバく。
 間違えて大造をシバいてしまった。壁に吹っ飛んだ彼の頭へ、垂直に時計が落ちて来る。俺の足元へ転がって来たそれは、最早0時(テッペン)を指さんとしていた。
 「ぁす、ぁさ、はゃぃ、しゅっぱっなのに、ぃっまでも、ほんばっかり、ょんでるゎけに、ぃかなぃゃぃね。そろそろ、する、ちがぅ、ねるんべ〜ゃ?。」
 「どうして大造まで伸明になるのだ。壊れたか」
 そう俺はツッコんだが、お次は大造が突っ込むターンだ。ふたりの夜は、日中の熊谷市よりも熱く燃え上がる。

 8/28 00:00
 送信者:王さん
 件名:王さんゲーム


 *命令4:男子出席番号58・柾木大造


 日づけ変わって日曜だね。
 今日はおデート? うらやましいなぁ(¬ω¬)
 アルバイツ先に王ゲー持ってけっつったのは自分だけどさ、
 出先へまで持ってかなくっていーかんね。


 


 大造はひとりぢゃ電車に乗れない。諸事情によってさいたま新都心へ行かねばならなかった彼に、この日も俺は付いて来ている。“王さん”からは持参無用と命令されていた「王様ゲーム」を大造は携行して来ていて、電車の中でも読んでいた。声に出して。両手で開いて。座席の上に正座で。そんな彼を俺は見守るのだ。遠くから。仲間だと思われると困るから。
 果たして、降りるべき駅で下車する。さすがに歩きながらは読書をしない大造と、ひと目を確かめて彼へ接近した俺は、目的地までの道すがら会話を楽しんだ。
 「キミよぅ、書きモノをする分にはいーやい。でもさ、しゃべる時くらいもうちょっと砕けてもよくなかんべーか?」
 「致し方なかろう。俺はかねてよりこの口調で生きて来たのであるからして、今さら直せはするまいて」
 「ぢゃあさ、せめて自分の呼び方ぐらい『俺』から『私』に改めてちょうだいよ。デキればキミに少しでもさ、女らしい言葉づかいをしてほしい訳、ぼくは」
 「それもまたしかり。照れが出ようぞ」
 「ぢゃあ逆にあたいが女っぽくしゃべるわよ♪ ムフフッ(はぁつ)」
 「好きにするがいー」
 恥ずかしい話だが、俺は身長150cmにも満たない。だから並んで歩く際には、決まって大造のアゴを見上げるばかりだ。いま前を向いて歩いている彼の表情は全く見えないが、彼が選んだ一式に身を包む俺を連れている事で、少しでも誇らしげな顔をしてくれていたらいーな。


 


 かくして彼の所用も終え、熊谷へ帰る電車の中、大造の王様ゲームは終焉を迎えた。車内でさえ日光が肌を刺す、よく晴れた8月の昼さがりの事である。
 最後まで音読を通した彼は今、呆け散らかしている。達成感からか、虚脱感からか、あるいは最後の最後で不覚にも感動してしまったのだろうか? その辺を本人に確かめるのは、アパーツに帰ってからでも遅くはなかろう。今夜は彼の為に酒宴を催すのだ。決して豪勢なモノにはデキぬが、しち面倒な用事を乗り切り、そして世紀の馬鹿本を読破するに至った彼への、せめてもの心づくしだ。焼酎をカッ喰らいながら大造がクダを巻いて来るのも、今夜ばかりなら、私は喜んで受け入れよう。