第163話「王貞ハール、早実」の巻

 前回のあらすぢ
 ある夜、三十路高校生・柾木大造の携帯電話へ1通の不可解なメールが届いた。その送り主“王さん”は、同じクラスの高校生作家で男子出席番号12・金沢伸明の著書「王様ゲーム」を読めと大造へ強いる。かのメールによればそれは「命令」だったし、ナニよりも作品の主人公が、やはり同級生で女子出席番号66・鈴木愛理、同90・熊井友理奈のふたりだとのエサに釣られ、その本を入手せしめた。が、いざ読み始めたところ文体は受け付けないわ実際の主人公は作者でもある伸明だわで、まだまだ導入部の段階で大造は本を閉じてしまう。そして、再び開きはしないだろう……そこはかとない敗北感に打ちひしがれている時、彼のケータイに新たなメールが送られて来た。アノ夜と同じ様に。

 8/26 00:00
 送信者:王さん
 件名:王さんゲーム


 *命令2:男子出席番号58・柾木大造


 大ちゃんアロハ! ……てかさ、
 てんで手ぇ付けてなくね!?<王ゲー。
 読むのが命令っつったぢゃんか!><
 改めて、命令だよ。
 「明日」ってゆーか日づけ変わったから「今日」か、
 今日っからはその本をアルバイツ先にも持ってって、
 休憩ん時とかに読み進めてねっ!(・ω<)


 十中八九の辱めにはむしろMい血が騒ぐ大造にして、これは難行である。職場では「孤高のサブカル青年」を気取っている(が、その実『孤独な根暗中年』としか見られていない)彼が、ちまたで噂のケータイ小説を読む姿を同僚に見られる等、耐えがたき屈辱だ。が、それは杞憂だろう。休憩中に彼と接触して来る者など元々唯のひとりも居ないではないか。第一、少し考えてみると、それは自身にとって効率的な読書法とも思えて来た。本を読む事は内宇宙へ没入する事。誰も寄って来ないんぢゃないやい! ぼくから他者をハネのけてんだい! 無駄な自尊心を守るべく彼はそう考えていたから、今日までの休憩時間は、紙に書いたやせた仔猫としゃべって過ごすのが慣例だった。


 
 (やせてはいない)


 バイツ先のブラック会社「株式会社ブラック」へ出勤し、上下とも白黒の太いボーダーの制服を身にまとう。そうして午前の軽作業をこなした大造は、同僚達と列をなし、その順どおりに畳ぢきの休憩室へ入って行く。そこの鍵を係員が閉めたのを確認してから、彼の「王様ゲーム」は再開された。52ペーヂ「命令6」からである。そこからP53と54、わづかペラ1枚をはさんだP55に信じられない一節が待ち構えていた。幼稚園児が真っさらい画用紙に空を飛ぶ自分を描く様に、「王様ゲーム」も作者・伸明によって主人公・伸明のヒーローっぷりばかりが描写されて来た。そして、あからさまに伸明の目線ながら一応は「のぶぁきは、」と語っていたナレーション=神の視点がついに、
 「ぉれは、」
 「……ワオ! 伸明本人が降臨しただか!? 向こう200ウン十ペーヂ『ぉれは、ぉれは、』で埋め尽くされるだか!? あゝ完全主観、金沢伸明!」と、思わず声を荒げてしまった大造へ突き刺さる同僚達の凍てついた視線。そして「やかましいぞ58号!」と看守が一喝。改めて本に目を通すと、件(くだん)の「ぉれは、」に続くセリフのヤリ取りが終わったあとは、ナニ事も無かったかの様に「のぶぁきは、」とされていた。どうやら作者(だけ)がノッて来たが故の、単なるおポンチだった様である。俺は一安心だ。
 大造は銭を使わずして本書をモノにしたとは云え、読者は読者である。読者を置いてけぼりにしたまんま、伸明の伸明による伸明の為(だけ)の物語は続いて行く。“王様”からの新たな命令は「男女一騎打ちの人気投票を行なえ」、そして「人気の無かった方には罰を受けてもらう」。


 


 知略に富む伸明の策により、女子出席番号74・中島早貴が敗戦を喫する。以前“王様”の命令に背いた女子出席番号3・森咲樹等が首吊りの刑に処された事を思い出し、錯乱状態に陥った早貴は、結果として飛び降り自殺と同じ形で命を絶つのだった。
 この場面で大造は引っ掛かる。あるいは彼が読み落としただけかも知れないが、舞台となるその教室がイク階に位置しているとゆー記述は確かこれまで無かったはづだ。仮に何処かに記していたとしても、読者に忘れられている確率もおもんばかり、そのペーヂの内にそこがイク階、または地上イクmかを明示する必要があったろう。「ぉちたっ!。しんだっ!。」では済むまい。作者が明確な設定を示さない限り、現在の社会人は往時の教室を、ケータイ小説本来の訴求対象である学生諸君(含、三十路高校生)は現在の教室をそれぞれ思いうかべながら読んでいると思われる。落ち方によりけりだが、例えば2階だとして読んでいた読者はポカンとしてしまったのではあるかいだ。


 


 
 (特別出演:吉川友


 しかし早貴は死に至り、伸明は激しく取り乱す。「ごめんょ。さき。こんなことに、なるなんてっ!。」と熱く嗚咽する彼へ微笑みかける友理奈。今まで「主人公の恋人役」以上のパーソナリテーは持たされなかった彼女が、ここで新たな役どころを任される。人気投票のもう一方の候補者を罰から免れさせた伸明をいたわっての、「ともだちなら、たすけたぃと、ぉもぅのが、ふっ〜でしょっ!?。」との言葉が嫌とゆーほど表す通り、「伸明の正しさを読者へ押し付けるツール」となったのだ。
 飽くまで伸明中心の世界である。「ともだち」ウンヌンと語る当人の友達だったはづの、文字どおり命を落とした早貴について、友理奈はこの程度しか触れない。


 
 (画像は女子出席番号43・清水佐紀だが。あとバックの『元気』が虚しい)

 8/27 00:00
 送信者:王さん
 件名:王さんゲーム


 *命令3:男子出席番号58・柾木大造


 お帰り&お疲れ山!(『さま』と『やま』を掛けたの!)
 今日1日でづいぶん読み進めたっぽいね?
 いー感じいー感じ^^
 でもアレだよ、無理しないでね。


 無理な読書は続く。
 その内に大造は、中学時代の苦い体験を思い出した。モノ書きを目ざすとゆー先輩から、ある日「これ俺の処女作。読んでみ」と渡されたのだ、ペラ2枚を。それも1枚目は登場人物の設定資料の様なモノだったから、実質ペライチだ。ナニかしらのファンタヂー系を書きたかったらしいのは伝わって来たモノの、上級生とは云え中学生、それでなくてもペンネーム「瑠紫不破(ルシファー)」を名乗るセンスの持ち主による作品である。瑠紫不破から「どう? どう?」と問われた所で大造は、
 「ハイ。トテモ、オモシロイト、オモイマス。ハヤク、ツヅキヲ、ヨミタイナァ。ピリリ」
 こう答える他なかった。のちの「Berryz工房 vs Berryz工房」における仙石みなみの口調で。当時で云えばぴゅう太の声で。尚、「ツヅキ」は書かれなかった。
 20年も前の記憶を呼び覚ました伸明、その文章の稚拙さは「高校生作家の若さ故」では許されない。「きょぉれっな、びんた」を表現するのに「『ばち〜ん』とゅ〜、きょぉれっな、ぉと」と強烈へ強烈をカブせてみたり、ある男子が絶叫するサマを「ぢょせぇが、ひめぇを、ぁげるょぉな、キ〜のたかぃ、こぇ」と悲鳴を悲鳴で例えてみたり。また、ある章では始めの2行でそれと分かる夢オチを、「ゅめだったかっ!。」と〆てみたり。これは先んじて情報を知ってしまっていた大造のチョンボだが、物語の鍵を握っているだろうとニラんでいた愛理が、本当にそのまんまの役割だったり。
 伸明の日本語は革新的だ。平たく書けば、日本語がなっていない。それが実際の会話であれば只のクチ下手に過ぎず、相手からチクイチ「つまりこうゆー事?」と聞き返されるだろうから、生活に支障を来たす事も無かろう。しかし作家としては致命傷だ。説明が足りない半面いらない事を書き足す等、作者のコミュニケーション能力不足の程がうかがい知れる。“王様”により失明させられた女子が、次のペーヂで「けぇたぃのがめんを、のぞきこみ、」と書かれたかと思えば、最後に自殺の道を選ぶに至っては書き置きまで残す始末。せめて「ミミヅの這った様な筆跡で」とでも付け足してくれれば分からなくもないが、当然そんな事は書かれていない。作者が分かっていればいー。
 その姿勢は次の場面にも表れている。謎の女性を特定するべく主人公が聞き込みした結果、髪型や身長は割れた。しかし「そんなゃっ、クラスに、なんにんも、ぃる。」とあったが、それまで登場人物の外見に関する描写は無かった。せめて主要人物だけでも触れておくべきだったろう。「主人公の恋人、友理奈。優に身の丈6尺を超す」とか。


 


 読書を再開したばかりの大造を即座に恐怖のヅンドコに叩き込んだ「ぉれ」の視点は、のちにも散見された。ナレーション、主人公、さらには第三者の観点をも入れ代わり立ち代わりさせる手法がある事ももちろん大造とて知ってはいるが、それには分かりやすい場面転換が不可欠である。一方「王様ゲーム」で地雷の如く仕掛けられている「ぉれ」は、どうやら作者(だけ)のノリ具合のバロメーターである様だ。大造が手に入れたブツは27刷(!)との事だが、出版社のチェック体制はどうなっているのだろうか? 俺は開いたクチがふさがらなかった。
 RPGで泥沼を歩く様に、かの本を読み進めるに連れて大造のHPは減少して行く。そうしてついにモンドリ打ってダウンした彼へ、粉末の頭痛薬とコップを俺は差し出した   続く。